星くずインターセクション

平凡なものを不滅にするってすごくクールだ◝✩

crossroads / わたし今、美瑛にいます

「落ち込むこともあるけれど、私、この町が好きです」

 

映画『魔女の宅急便』のラスト、主人公の魔女・キキは両親に宛てた手紙をこう締めくくる。この一文を綴った時のキキの気持ち、今ならわかるよ。

 

わたしが魔法を使えなくなったのは、いつからだったのだろう。サンタクロースに「魔法をください」と頼んだ幼き頃、その時から心のどこかで、魔法なんて使えっこないって思っていた。

 

飛行機の小さな窓からは青い空と下の方に雲が見える

羽田から旭川へ向かう飛行機。窓の外を覗き込めば、北の広大な大地がそこにあった

 

北海道の真ん中、美瑛に来て一ヶ月が経った。私は今、トマト農家で働いている。友達も親族も、知り合いも誰もいない場所で、全く新しいことに挑戦するということ。知らない場所で、知らない人たちと、知らないことをするということ。

「丘のまちフリーロードパノラマ」緑色の壁に囲まれた空間で、階段を登った先に大きな窓がある。差し込む光はやわらかい。

美瑛駅の線路を挟んだあちらとこちらを繋ぐ「丘のまちフリーロードパノラマ」

昨年、2022年の6月からこれまで、長いお休みをとっていた。仕事をせずに、思う存分に寝たり、陽の光を浴びたり、心の赴くままに遊びに出かけたり、あるいは何もせずに引きこもっていたり。何もしないというよりは、“休む”ということをしていた。

 

お休み期間が一年を迎えようとしていた頃、カラダのそこかしこがむず痒くなるように、内側からしんしんとエネルギーが湧いていることに気がついた。

 

心を削りながら働いていたあの頃に戻りたいとは思わない。でもこのままでいたいとも思っていない。

 

一度立ち止まった場所から再び歩みを進めるには、エネルギーが必要だ。坂道を転がるように毎日を過ごすこととはまた違った種類の出力源が。次の一歩をどちらに踏み出したらいいのか考えあぐねていた。時間ばかりが過ぎる。焦燥感が追ってくる。

 

 

“農業ヘルパー”の文字を見つけた時、「これだ」と思った。求人サイトを見て、すぐに応募した。自分が直感を重んじる性格だと知ったのは、ごくごく最近のこと。

 

知らない場所で、知らない人たちと、知らないことをするということ。不安が全くなかったといったら嘘だけれど、わからない、みえないからこそ踏み出してみたかった。

 

「どうして、美瑛で農業を?」人は、わたしの選択について理由を尋ねる。最もらしい事柄を並べてみる。大自然に囲まれた場所で暮らしてみたい。未経験の仕事をしてみたい。実家を出て一人暮らしをしたいーー。どれもが本当ではあるけれど、“それ”だけじゃない。”それ”の外側、あるいは内側に何があるのか、まだ、わたし自身もよくわかっていない。

 

緑色のトマトが葉がいっぱいの蔓にぶら下がっている

熟れる前のあおいトマト、夕陽に照らされて光っている

美瑛の町は農業ヘルパーさんを毎年募っていて、今年は、約20人もの人々が日本全国津々浦々から集っている。年齢も性別もさまざま。どんな背景を背負い、これまでどう生きて、どう暮らしてきたのか。そして、なぜ美瑛に来るという決断をしたのか。

 

人は聞く。なぜ、その道を選ぶのかと。反対する人がいる。なぜ、その道を行く必要があるのかと。農業を生業とする人がいて、共に働く人がいて。わたしを含むすべての人たちが重ねてきた選択のすべてを、誰もジャッジをすることはできない。どんな理由があろうとも、あるのは“今、ここに居る”と言う事実だけ。地に足をつけ、立っているということだけだ。これまでもこれからも、ぜんぶ、誰かの選択をジャッジすることなどできない。誰にもジャッジなんてさせたくない。

 

岐路に立つとき、わたしはこれまでの道を振り返る癖がある。後方に見えるのは、一本の道だけだ。かつての分岐点はもう見えない。見えないところまで進んで来たんだ。良いとか悪いとか、後悔とかじゃない。

 

今、ここに立ってやっと、かつての選択をジャッジしない自分に出会えた気がする。

晴天の元、舗装された道路の脇には木々が連なっている

美瑛の街をサイクリングした時に通った道

何にでもなれると信じていた。何かになりたいと思っていた。でも今は、素足で踏み入れたこの土地で、そぎ落とされた“わたし”で立っている。肩書きも年齢も関係ないし、名前だって、呼び名さえあればじゅうぶん。そぎ落としたあとに残っているもの。肉付けをしていく作業に没頭していた日々では気づけなかった、“しん”を見つめる。芯、真、新、心、身ーー。

 

 

魔女の宅急便』の劇中で、絵描きのウルスラが絵を描けなくなった過去について語るシーンがある。何を描いても気に入らなくて、ジタバタして、描いて、描いて、描きまくった。それでも、描けなかったら?

 

「描くのをやめる。散歩したり景色を見たり、昼寝したり何もしない。そのうちに急に描きたくなるんだよ」

 

もがいて、うずくまって、また立ち上がって、ジタバタしながら働いた日々。「もうこれ以上は働けない」とボロボロになった心身を休ませた日々。すべてを経て、今ここに立っているじぶん。ちゃんと見つめていたい。ちゃんと、じぶんを見つめていたい。

 

 

この町を去る10月末までの間、ここでわたしが見つめるものは何だろう。知らない場所で、知らない人たちと、知らないことをする。“知らない”尽くしの毎日は、すでに変わろうとしている。

 

 

それでは、きょうはここまでーー

 

 

(2023.7.28)